中世哲学から近代科学へ(総括)

概要

古代ギリシアにおける諸原理はほとんどキリスト教的思想の上にあったが、これを覆したのが地動説を唱えたコペルニクスであり、無限宇宙を提唱したブルーノなどであろう。彼らが聖職者たちの手で処刑された後、その考えを引き継いで発展させたのは、惑星運行の3法則を発見したケプラーと、近代力学の基礎を作ったガリレイであった。そして、天体運行の力学的基礎を明らかにしたのはニュートンであり、彼は微積分学を発明し、それを用いて天体の運行を研究し、運動の3法則と万有引力の法則を発見した。その結果、彼は始めて科学的合理的に太陽系モデルをつくることができた。

…と、そういうことになっている。

思想の近代化

ニュートンとデカルトは、ともに「無限宇宙論」を採用している。ただ、この二人の相違は、宇宙に詰め物があるか否か、の点である。

デカルトは充満説論者で、宇宙はプレナム(ブルーノ、ケプラーはこれを「エーテル」と呼んだ)で満たされており、物が動くと周囲のプレナムも同時に動き、その影響が渦動になって遠くへ伝わるのだと考えた(「近接作用の原理」)。対するニュートンは真空論者で、物と物との間には万有引力が働くと考えた(「遠隔作用の原理」)。

この意味で、デカルトは宇宙のあらゆる出来事が全て関連していると考えていた(世界を「複合素」としてみる)。しかし、その当時では、天体の運行を数値的に計算することができなかった。

その点、ニュートンは世界のあらゆる現象すべてが絡み合った複合体とせず、個々バラバラな局所的な運動法則で記述できるとした。かくして、自然科学を哲学から切り離すことが出来た。ここから近代合理主義的自然科学(今現在でいうところの「科学」)が始まったと考えて良いだろう。

個々の要素に分解して研究すれば世の中の現象が(いずれ全て)わかるという要素的自然観は、近代科学の大発展の基礎となった。これによって惑星の運行などの事象が精密に計算できるようにもなった。


科学的宇宙論


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Last-modified: 2010-05-15 (土) 12:08:20 (2746d)