フェルマーの最終定理

xn + yn = zn (n は3以上の自然数) を満たす 0 ではない自然数 x, y, z は存在しない、という予想。

これは、数学者ピエール・ド・フェルマー(1607-1665;フランス)が、古代ギリシャの数学者ディオファントスが著した『算術』 (Arithmetica) の余白に書き記していた、フェルマー自身は「定理」としながらその証明が記述されていない数々の「予想(証明が得られていない段階の数理)」のひとつ。

上記以外の「予想」は20世紀までに他の数学者によって証明され「定理」となっていたが、最後まで証明が得られなかった上記予想は「最終定理」と呼ばれるようになった。

フェルマーの予想

フェルマーは「最終定理」以外にも、数学上重要な様々な予想(→定理)をしている。

素数定理

素数(約数を持たない数)は 4n + 1 か 4n - 1 のいずれかで表せるが、前者は常に2つの2乗数の和(x2 + y2)の形で表すことができ、後者は決して2乗数の和の形では表すことができない、というもの。

例えば、13 は 4*3 + 1 なので前者、19 は 4*5 - 1 なので後者である。13 は 22 + 32 だが、19 は、これを満たす数はない。

これは、18世紀の数学者レオンハルト・オイラーによって証明されている。

フェルマー自身が証明を記さなかったわけ

フェルマーは、それらの予想を自らは証明済みで「定理」であるとしながらも、その証明を書物などに残すことはおろか、メモにすら記していなかった。これは、16,17世紀の数学界の非常に閉鎖的な背景と、フェルマー自身の性格が多分に影響しているとされている。

当時の数学会では、その数理を企業秘密的に扱う慣習があり、数学者同士での交流は非常に稀であったという。当時のフランス商人は、複雑な会計処理を「コシスト」と呼ばれる計算のプロを雇って行わせていたという流れから、効率の良い計算方法は企業秘密として扱うという常識があったらしい。加えて、その頃の数学者の地位は高いとはいえず、たとえ証明を公表したとしても、それが様々な攻撃の対象(証明が間違っているのではないかという議論は絶えず立つ)となることはあっても、高い名声を得ることはあまり望めなかったという。

そして、フェルマー自身はやや陰湿な性格でもあり、自身の示した予想のみを「証明できるものならしてみろ」(自分は既に証明しているぞ)とばかりに世に放つという行為を楽しんでいた。(フェルマーのことを、デカルトは「大ホラ吹き」と呼び、ジョン・ウォリス(イギリスの数学者)は「忌々しいフランス人」などと呼んだという。)

フェルマーの数々の予想は、その息子であるクレマン・サミュエル・フェルマーによって刊行された、フェルマーのメモを付記したディオファントス「算術」の中で初めて公になった。


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自然科学・哲学系メモ


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Last-modified: 2010-05-15 (土) 12:08:08 (2983d)