有名人販売株式会社
有名アイドルのクローンを作り販売するというビジネスが陰で横行しているという。そんなある日、主人公与太三郎の家に、人気アイドル亜伊ドールのクローンが間違って配達された。
考察
英国でのクローン羊「ドリー」の話題も冷め止まぬ内に、国内でもクローン牛の実験が成功した。
このストーリーは、まさにそれが舞台となって展開されている。「クローン」という技術は、
動物の成体のDNAを受精卵に埋め込んで、もとの成体と全く同じ生命体を作り出すというもので、
いってみれば、生命体のコピーである。
これによって、農畜産業界では、より質の良い牛肉や農作物を大量生産できるというメリットがあり、
今後ファームビジネスの第一線で活用されていくであろう技術である。
ところが、話はそこで終わるものではない。他の動物で成功すれば、いずれは人間も‥‥というのは、
これまでの技術革新の歴史の中で当然の成り行きとなっている。
本編中では、大胆にも、現在活躍中の芸能人のコピーを作り、金持ちに売るという会社を存在させている。
要は、牛や羊で出来るものなら、同じくDNAを持つ人間にも応用可能だろう、という話。
これは、今日のように、実際に成体クローン実験が成功する以前から考えられていたテーマであり、
多くの議論を呼んでいる。では、本編を見てみよう。
鷲塚与太三郎という、珍奇な名前が二つ(二人)存在したことからはじまった、亜伊ドールのクローンと凡人、
与太三郎とのラブストーリー。本来、もう一人の金持ち、与太三郎に届けられるはずだったクローンが、
主人公(こちらも与太三郎)の元に届いた。もともと亜伊ドールのファンだった与太三郎は、
それがクローンだと分かってもその子に恋をしてしまう。
ところが、販売会社はクローンを隠密に回収するための追っ手をかけている。
亜伊ドールクローンと与太三郎は、その手から逃れようと山中へ逃げているうち、
本物の亜伊ドールは自殺を図ってしまう。その後、クローンは本物として世に出ることとなり、
結局、与太三郎との恋は続くという、大ざっぱな流れはこうだ。
ここで登場する亜伊ドールのクローンは、本人と同じものかどうかは明かされていないが、
その人格と感情を持っている。本来、人格というものは、
その人間が成長していく過程で獲得していくものであり、本編のように先天性の強いものではない。
ここで、あえて、クローンに無条件で感情を与えた意図には、
果たして、世の中はそういうクローンをどう受け入れるか、という問いかけもあろうかと思われる。
倫理の面で大いに問題はありとされるクローン技術も、そういう技術が出来上がり、
実用、利用できるとすれば、世間の目をかいくぐってでも利用しようとするものである。
つまり、本編のような会社が実際にあったとしても、技術さえ完成されていれば不思議はない、
という訴えでもあると思われるのだ。
技術があれば、最初は異端の目で見られても、いずれはなじみ、一般的な技術として容認されていく、
という図式は、これまでもずっと例外なく続いてきている。そして、クローン技術も、
その流れを止めるものではない、ということである。本編にこんな会話がある。
「ほー、遺伝子工学もそこまで進んでいるのか」
「知らなかったの 浦島太郎みたいなやつだな」
可能であれば当然の話になる、という、世間の受け入れ方の原点はここにある。
今、臓器移植を見ていぶかる者は少数派、浦島太郎であろう。つまりそういうことなのだ。
人間のクローン。この技術は、医学的には、非常に有用で大きな進歩につながる技術であることは確実である。
だから大いに利用しよう、というわけにはいかないのは、その対象が人間だということ。
人間のコピーがいくらでもできる、という世の中を考えていただきたい。自分の子供が死んでもコピーできる。
優秀な人材をコピーして企業の歯車にする。戦争でも起これば捨てゴマ兵として使われるだろう。
クローンでコピーされた方も、やはり人間なのである。それが経験を積めばそれなりの人格が形成され、
一人前の感情も持つ程になろう。この「有名人販売株式会社」でスポットが当たっていたのが、
オリジナルの亜伊ドールではなく、コピーの方の亜伊ドールだったというところに注目したい。
まかり間違って人間のコピーを作ったとしても、それは立派な人間であり、
一人としての人格を持ちうる存在となるのである。簡単に処分できるものではないという戒めと共に、
一見ハッピーエンドに見える物語の裏には、そういう将来も否定できないという葛藤が見え隠れしている。
収録
- 小学館 小学館文庫 異色短編集1
- 小学館 小学館叢書 異色短編集1
- 中央公論社 中公文庫 SF短篇集2 (絶版)
- 中央公論社 愛蔵版SF全短篇3 「征地球論」 (絶版)
2000年2月現在
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