山寺グラフティ

主人公の加藤広泰には、幼なじみに木地かおるという、こけしのような女の子がいた。しかし、かおるは広泰が高校生のときすでに亡くなっている。東京でイラストレーターの活動を続ける主人公広泰。ある日、彼は木地かおるにそっくりの女性に出会う。なんとか彼女の身元を突き止めようとするが明らかにならない。そんな彼女が頻繁に広康の周辺に現れるようになる。何か彼女の手がかりをつかもうと、5年ぶりに故郷山寺へ帰郷する。そして弘泰は、かつて、かおると一緒に一晩あかした崖の横穴に思いがけないものを見つける。

考察

宝珠山立石寺、この物語の全てはここから始まっている。 山寺は、主人公加藤広泰の故郷であり、幼なじみの女の子、木地かおるとの想い出の地でもあった。

ストーリーを順を追ってみる。

まず、少年時代。主人公広泰と幼なじみのかおるは、かおるの父親に立石寺に連れてこられる。 これが、広泰が初めて立石寺を訪れたときのこと。 それ以来、広泰とかおるは、しばしばこの山寺へ訪れ、共に絵を描いている。 ここで、広泰は絵かきになることを夢見ていることがわかる。

広泰は、地元の高校を出たら上京することを決めていたが、かおるは上京を許されず、広泰の上京に反対する。 これがもとで、そのとき二人は離れて絵を描いていた。 そのうち寂しくなってやってくるだろうと思っていたかおるの姿を長いこと見ない。 不安になった広泰はあたりを探す。そして、かおるは崖の途中の岩穴にいた。 過って崖から滑り落ちたものと思われるが、それを救出しようとした広泰もかおると同じ状況におかれることになる。 自力ではい上がることは不可能なその崖。 一晩、広泰とかおるはその岩穴に取り残されるのだが、この横穴がのちの伏線となる。 その翌年、かおるは亡くなる。

この亡くなったはずのかおる(らしき女性)が、後に広泰の前に姿を現すことになるのだが、 この話の「すこし・ふすぎ」なポイントはここだ。 高校を出た広泰は、東京のデザインスクールにはいり、版下屋の下請けで生活することになる。 仕事も波に乗り、すっかり都会生活に慣れたある日、過去を思い出させるある事件が起こる。 それが、木地かおるとの出会いだ。この時点で、正確には、木地かおるによく似た女性、と言うべきか。 そして二度目、今度は、かおるが志望していた「山村女学院」の前で、その女性と遭遇する。 偶然、山村女学院に知り合いがいるという友達がいて、木地かおるの在学を調べるが、その事実はない。 それでも腑に落ちない広泰。

そんなとき、またその女性に出会うが、ここからの展開はそれまでと少々違う。 広泰がその女性に声をかけたことで、毎日、その女性が広泰を訪ねてくるようになった。 一言も話さないその女性。 何度かあとをつけるが、いつも途中で見失ってしまう。 この辺りから、その女性が、ただの人間ではないと感じとることができるだろう。 しかし、広泰の幼なじみであるかおるは、すでに亡くなっているはずなのである。 それから急展開をみせるのが、広泰のガールフレンドの安子が訪ねてきたときのこと。 いつものように広泰のもとを訪れていたかおるに似た女性に、突然抱きつかれ広泰はあわてるが、 その姿は安子には見えないという。ここで、その女性は実体がないことが明らかになる。 広泰にだけ見えていた、ということだ。

飛び出したその女性の後を追ううち、突然闇に包まれた広泰は、 そこで、かつてかおると一晩過ごした岩穴で微笑む彼女の姿を見る。 故郷の山寺を訪れ、その岩穴へ行ってみると、 そこには、あたかもそこに女の子が暮らしているかのように、食器や家具のミニチュア、 さらに、かおるの望んでいた東京行きの切符と山村女学院の入学案内があったのだ。 それは、かおるの父親が、かおるの魂が成長できるようにと、そこに納めたものだったのである。

つまり、こういうことだ。山寺の土俗信仰に、死者の魂が生前と変わりなく生き続けるという話があるという。 かおるの父親は、広泰との最後の想い出の岩穴に、かおるが上京し、広泰と出会えるような環境を作っていたのだ。 物語の前半からも、広泰とかおるが結婚することを望んでいる、 かおるの父親の心境を読みとることは出来る。というか、かおるが広泰に好意を持っていたことに、 かおるの父親は彼らが幼いときから気づいていたのだろう。 東京で広泰の前に現れた女性の実体は、その岩穴に納められたこけしであり、 まぎれもなく木地かおるとして成長し広泰に好意を持ち続けていた、その魂だったのである。かおるの父親は、広泰に似せたこけしを作り、かおるのこけしと一緒に奉納することで、二人を結婚させるという。 後のある日、広泰のもとを結婚した二人が訪れる。 新婚旅行に出かける前に立ち寄ったという感じのその二人、「幸せそうだった」、 「かおるの顔は明るく輝いてみえた」というあたりからも、かおるは、やはり広泰を愛しており、 また、そう願った父親の判断は間違っていなかった、と裏付けている。

「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」。 物語の最初に、この山寺、立石寺の奥ゆかしさと、同時に何か神秘性を感じさせるものを描くことで、 後の展開を自然に追体験していくことが出来る。 ストーリーの背景描写と心理描写をうまくからませることで、不思議現象を想い出の中に溶け込ませ、 融和させることに成功している。

奇妙で不思議な話には違いないが、読み進めていくうちに、 いつの間にか主人公広泰やかおるの心境を追っていくことの方に視点が移っているのではないだろうか。

収録

2001年1月現在

映像


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