創世日記
ある少年のもとに妙な男がやってくる。その男は、宇宙、地球、そして生命をつくるセットを少年に託すが、少年はそのセットで趣味気分で宇宙創世を試みる。やがて、その宇宙に地球らしき星が誕生、生命が芽生える。ある日、少年はそのセットをひょんなことでなくしてしまうが、そのとき、セットを渡された男から、その地球が今ある地球であるという真相を告げられる。
考察
「猿がでたらめにタイプライターを打っていたらシェイクスピアが出来上がった」、「箱の中に模型の部品をいれてガシャガシャと振ったら模型が完成した」、この宇宙に地球ができて、そこに生命が誕生し、人間が生まれる確率を表現するなら、そのような感じだといわれることがある。つまり、この宇宙に人間が誕生する可能性というのは無に等しいということだ。それなのに、現にこうして人間は存在している。人間が存在しているからには、それなりの理由があるはずである。この作品は、そのような疑問に一つの奇想天外なアイデアを与えている。
結論からいうと、人間を、そしてこの宇宙を創造したのは人間である、ということだ。鶏と卵のような話であるが、これが連鎖となって人間を存在させているというのである。この連鎖が断ち切られると、人間は最初から存在しなかったことになる。
本編は、主人公の創(つくる)少年のもとに、「天地創造プロジェクト」の者が現れ、宇宙を創造する為の円盤(宇宙創造の為のシステム)を預けることから始まる。この円盤は、他にも無数に配布されており、それらはお互いにパラレルワールドということになる。今回その中で、地球が生まれ、海ができ、そこで生命が誕生するに至った宇宙は、創に渡したものだけだった。最初はその円盤も趣味のおもちゃ程度にしか見ていなかったが、それをなくした(親に捨てられた)ところで、本当にその円盤がこの宇宙になるはずだったことを実感し始める。創の創造したその円盤こそがこの宇宙であり、それが失われるとこの宇宙も消えてなくなる(最初からなかったことになる)。しかし、どうやらその円盤を発見し、プロジェクトへ返還することができた。これで、創少年が、この宇宙の造物主ということになる。
この作品は、時間が1本筋で一方通行であると仮定すると、非常に理解しづらくなる。そうではなく、時間は輪のようになっていて、しかも多元的である、と仮定すると、比較的理解しやすいだろう。つまり、ある時点から引き返して宇宙の創造時点があるのでなく、今の宇宙の時間の流れの先に創造がある、ということになる。宇宙創造の時点は過去であり、未来でもあるわけだ。そして、そのリングのようになった時間はいくつも並行しており、それらのうちいずれかが、自分(主観、作中では創少年)がいる宇宙である、というような構成であると思われる。そう考えた場合に、そもそもこの宇宙を創ったのは人間でも良いではないか、という発想も生まれる。それが具体的に描かれたのが本作品であろう。宇宙や地球を創ったのは人間の意思によるものだとするなら、このような答えも一つあるということか。
収録
- 小学館 藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版6
- 中央公論社 愛蔵版SF全短篇2 「みどりの守り神」 (絶版)
- 中央公論社 中公文庫SF短篇集1 「創世日記」
- 中央公論社 藤子不二雄ランド 少年SF短篇2 (絶版)
- 朝日ソノラマ サンコミックス 創世日記 (絶版)
2001年1月現在
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