流血鬼

世界中に謎の奇病が流行し始めた。感染した者は一時仮死状態になるが、その後蘇生し驚異的な生命力を持つ吸血鬼に変貌する。もともと感染していない者は正常なわけだが、もし、世の中がそんな感染者(吸血鬼)ばかりの世界になったらどうなるのか?立場逆転の発想から生まれた作品の一つ。

考察

いきなり衝撃的なシーンからのストーリー展開。一体何があったのか!?まず、この「流血鬼」というタイトル。ふと「吸血鬼」を思わせるが、まさにその立場逆転発想からのネーミングだということが、内容を追うことで分かってくる。

ことの発端。ルーマニア地方の小さな村で、原因不明の急死人がでたという。その遺体を埋葬した翌日、その墓が空っぽになっていた。その後、その死んだはずの人に襲われたという人が現れ、その人も急死。ルーマニア地方というところからも、吸血鬼伝説が意識されていることがよくわかるだろう。つまり、その第一の死人は吸血鬼となって、次々と他の人を襲い、吸血鬼を「伝染」増殖させている、という仄めかしがあるのだ。

その奇病の「マチスン・ウィルス」の話題は、雑誌やテレビなどのメディアを通じて大々的に報じられる。「吸血鬼」の存在が、徐々に現実味を帯びてくる。国連の調査での「吸血鬼」否定、これも、UFOの存在を米政府がひた隠しにしている、のようなシチュエーションである。それが、初めて身近な不安として迫るのが、主人公の父親の上司が急死するという事件だ。出棺時に、その棺桶が空になっていたという。この後の展開は、どの読者にも容易に想像は付くだろう。近所を頻繁に走る救急車。ウィルスが日本に上陸したのは、これで確定的になった。

ある日、釣りから帰ってくると、街が異様に暗く静かになっている。主人公がうちに帰ると、両親は意識を失っている。そこに、主人公を襲う何者かが!?そう、街の住人は全て吸血鬼と化していたのだ。ここからが、例の立場逆転である。今まで自分たちが多数派だったのが一転、吸血鬼の方が多数派となり、いわゆる「流血鬼」狩りがはじまったのだ。

主人公たちは、何とか吸血鬼たちを倒そうと、木の杭を持ち街へ出る。そう、この行為こそが「流血鬼」たる所以だろう。見方によっては、吸血鬼たちは自分たちの仲間を増やそうとしているだけであり、特に何者かに危害を加えようとしているわけではない。ところが、その彼らを、木の杭で殺して廻っているのが主人公たちなのだ。吸血鬼となってしまった主人公のガールフレンドのセリフに、その立場が象徴されている。

吸血鬼から見た人間。吸血鬼は、ノーマルな人間を、吸血鬼に劣る旧人として見る。自分たちを殺そうとする、そして、吸血鬼に見つからぬようひっそりと隠れて暮らす、そんな人間の立場とは?

所詮、ものの価値観などというものは、実際にその立場になってみないと分からないもの。だからといって、そうなってしまうべきなのかどうか。今まで自分がかたくなに否定してきたものが、果たして全て「悪」なのか?逆に、今自分が信じて疑わないことが「悪」でないという保障があるだろうか。


収録

2001年1月現在

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