いけにえ

巨大UFOが地球へやってきた。それは1年近くも無言のまま上空に浮かんでいる。そんなある日、主人公 池仁平のもとに新聞記者が訪れた。彼の話によれば、政府はそのUFOに乗っている宇宙人から地球人を一人要求されているという。その地球人とは主人公 池仁平だった。彼を指定した宇宙人の思惑とは一体。

考察

終始不可解なストーリーである。最後まで読んでも、その意図しているところがわかる人はあまりいないのではないだろうか。ここでキーとなるのは、地球人、即ち人間の価値観とは何か、或いは、それはどう測るべきものかということではないかと私は考える。

まず、しょっぱなから唐突に巨大なUFOがコマを埋めている。何事かと思うが、周囲もそれを気にとめる様子もなく、それが普通のことであるような雰囲気に、二度目の不信感を抱く。どうやら、そのUFOは、人々にとって日常のことになってしまっているのだな、ということが、この後次第にわかってくるのだが、しかしそれでも、なぜそれがそこにあるのか、という疑問は残る。疑問をもちながら、それが当たり前なことにもなる、という見方は、やや読み過ぎか。話の筋はこうだ。池仁平(いけにへえ)という予備校生が主人公。1年以上も地球に滞在しているUFOの主である宇宙人が、何故か今頃になって地球人の身、ここでは池を要求してきたらしいことから事が始まる。このことが新聞記者である浅田氏によって告知され、池は山奥の小屋にその身を隠すことになる。しかし、池をかくまっていた新聞記者は殺害され、今度は政府の人間と思われる男たちが小屋へやってきて、池を監禁することになる。直に宇宙人から引渡しの日が指定され、自暴自棄になっている池の心を落ち着かせる為に、政府側は彼の恋人であるミキと一晩を過ごさせる。その翌朝、腹を決めた池が出て行くと、宇宙人は池を解放し、彼を志望校へ入学をさせろ、という要求に変わっていた。それで話は終わっているが、これでは何が何やらさっぱり理解できないのではないか。

とにかく、UFO(宇宙人、異星人)の意図というものを地球人である人間が測りかねている、ということで終始している、ということ。これは、逆にいえば、地球人(人間)が考えることというのは一体何に由来しているのか、ということを炙り出す展開であると見ることもできるだろう。つまり、宇宙人の考えていることがr回できないのと同様に、宇宙人も地球人の考えていることを理解できるだろうか、と。全く価値観の異なる種同士が接触するというのは、思うほど単純なものではないはずである。作中、「生命一個は地球よりも重い」という言葉が出てくる。これは、結局人間が勝手につくりだした価値観である。確かに道徳的にはこの考え方は真っ当であるが、それに対して「その地球に何十億個の生命が存在していると思うかね」という政府職員(?)の言葉もまた真っ当だろう。地球1個の価値も測れないのに、それと生命1個を比較すること自体がナンセンスなのだ。もともとこれは、生命は1個でもとても重いものであるというモラルを教える表現であるわけだが、それがどこに裏打ちされているか、といえば、どこにもそのような裏はなく、実は極めて曖昧なものである、ということを浮き彫りにした形である。おそらく、原作者がこの作品でいいたいことというのは、作中に登場してくる神父の言葉によく表現されているのではないか。特に「神ならぬ身が全智であろうとするのは人間の思い上がりであると考えられませんか」という言葉は、本編の核心に近いところをかすめていると思う。その後、池が権利や保障ということに言及するが、神父は、権利や保障なども人間の内のものであるなら、それは幻想であり虚構であると説く。つまり、人間は全能でもない、ということ。

要するに、人間は全智全能ではない、ということである。云われなくとも、そんなことは当たり前であると思うかもしれないが、実は人間は普段このことをすっかり忘れて、人が全智全能であると信じて生活しているのである(この“智(知)”という漢字には、単にものを知るという意味の他に、それが正しいことであると判断する(その能力がある)という意味もある)。宇宙人の考えを知ろうとする(それができると思う)ことも、権利や保障などということが云えるのも、知らず知らずのうちに人間が全智全能であるという前提の上に立っている故である。以上を踏まえて、もう一度本編を読んでみると、何故いけにえが池氏でなければならないか、それを宇宙人が指定した理由、最後に彼を解放した理由など、そんなことを深く考えても意味がないということが、改めて理解できるのではないか。それよりも、人間の道理に従って考えても理解できないことがある、ということを理解すべきだろう。

ところで、最大の謎は、池氏のような冴えない万年浪人に、どうしてミキという(美人の)恋人がいるのか、ということじゃないかと思うのは、私だけだろうか。これも、一概の価値観では測れないということなのだろうとは思うが。


収録

2001年1月現在

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