生命にかけらも存在しないと思われがちな火星であるが、実は、地球以外の太陽系惑星の中では、一番生命が存在する可能性が高いとされている星である。これまで一般人には何の魅力も関心もなかった火星だが、近年一気に脚光を浴びる存在となったのは、やはり、火星から飛来した隕石 “ALH84001” に、生命の痕跡らしいモノが発見された、というニュースによるところが大きいだろう。何も知らない人が聞けば、ふーん凄いなぁ、程度だろうが、学会や学者にしてみれば、生命の起源と定義の根底から見直しをせねばならないほどの、一大センセーションである。もし、火星に生命が存在したことが判明すれば、今世紀最大の発見となることはいうまでもなく、人類史上最大の発見の一つとしてもよいレベルのものである。
“ALH84001” という隕石は、今から約15000年前に、火星に小天体(といっても火星の一部を削り取るくらいのもの)が衝突した際に宇宙空間に放り出された破片の一つが地球まで飛来したと考えられているものである。これは南極で発見されたもので、保存状態は他の場所にあった場合に比較して格段に良いだろう。生命の痕跡を検証するには絶好のサンプルといえる。他にも火星から飛来したと思われる隕石はいくつかあるが、その年代が、約45億6000年前という古い年代を示すものは、この“ALH84001” のみである。これは、火星の最も古い時代を伝える重要なサンプルである。
このサンプルに生命の痕跡を示す証拠があるという理由はいくつかある。まず一つに、「炭酸塩」の小さな球体が認められたこと。これは、地球上の微生物も同様に造り出す物質である。そして、この球体の中に有機物が発見されたこと。「多環式芳香族炭化水素」と呼ばれる物質なのだが、これも生物の活動につながる物質である。また、同じ球体の中に100万分の1ミリメートル(1ナノメートル)オーダーの磁鉄鉱が見つかった。地球上の微生物も同様な磁鉄鉱を造り出すことが知られている。そして、この球体内に細菌の化石らしきものも認められている。
以上の理由から、火星には生命が存在するのではないか、という仮説に至ったわけだが、もちろん、これは確認できた事実に基づいているとはいえ、明らかに生命が「存在する」と分かったわけではない。今のところ状況証拠がそれを示唆している、としかいえない。もっとも、過去に起こったことを今扱おうとする場合、状況証拠で議論するしかないわけだが。しかし、火星の場合は、今後探査機も送られ調査が進められることになっている。そのうちはっきりした証拠も見つかるだろうと期待されている。
興味深いのは、それが有機生命であるならば、遺伝子を持つであろうことは、当然予想される。地球上の生命の遺伝子DNAは、4つの塩基から構成されている。すなわち、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4つのブロックの組み合わせで成立しているわけだ。果たして、火星生命はどうなのか?これは、非常に興味のあるところである。そしてもう一つ、生命となる有機物(アミノ酸など)には、光学異性体と呼ばれる、お互いの分子構造が、まるで鏡に映したように左右対称となっているものがある。一方をL型と呼び、もう一方はD型と呼ばれている。これが、地球上の生命においては、何故か例外なくL型に統一されているのだ。これも不思議な話である。これは、火星生命では一体どうなっているのか?
火星を調査することでこれらの真義が分かれば、宇宙に於ける(少なくとも、太陽系に於ける)生命の起源や発生の問題に、大きく迫ることができると思われる。